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僭越ながら【1テーマの本を30冊読んで勉強するブログ】

毎朝3:00からを独学の時間にしています。テーマを決めて本を30冊読んで勉強し、その勉強メモをこのブログに記録しています。自己紹介はサイドバーにあります♪ 2017/3/1から「ミニマリストの本30冊から実践できるコツを書き出し、毎日少しずつ真似してみる!」企画を始めました。 毎日、ミニマリストになるためのコツを、ひとつ実践するのが目標です!

「妥協を許す」と「持ち物に拘る」は矛盾するのか

私の思想の中で矛盾が生じました - 僭越ながらの続きです。

参考1:
妥協したことで手に入れたものは、私が今まで知らなかった幸せの境地 - 僭越ながら

参考2:
「いつもの」「お気に入り」「定番化された毎日」は心の安定を約束する - 僭越ながら



「妥協を許す」という思想。
「持ち物に拘る」という思想。



この二つの思想をどちらも持つことは矛盾することなのか、について考えを巡らせました。


今日は日曜日でしたので、偶々会っていた友人ともその話題に触れました。友人の意見を交えて綴ります。


まず、「何かを大切にする為には、何かを妥協しなければならない」ことに対する友人の意見から。

時に妥協を受け入れるような寛容さを持つことは人間にとって重要だ。しかし、大切なものを守る為に、必ず何かを妥協しないといけないかというと、そうとも言い切れない。


妥協する必要があるかどうかは、時と場合によって異なるからだ。つまり、妥協しなくても大切なものを選択できることがある。


引越し先を選ぶ際、「新しくて広い」と「駅近で通勤時間が短い」の両方をとりたいとする。scloa(私のハンドルネームです)は「家族との時間を増やす」ことを大切にする為に「駅近で通勤時間が短い」方をとり「新しくて広い」を妥協した。


でもこれは、scloaが経済的に余裕がなかったから妥協しただけのこと。もしお金がもっとあれば、「駅近」と「新しい」のどちらも備えた家を選択できたはず。つまり、何も妥協せずに大切なものを守れることもあるということだ。


だから、何かを大切にする為には、何かを妥協しなくてはならない、というのは時と場合による。


私はこの友人の意見に納得しました。



次に「持ち物に拘る」ことについて。


持ち物という言葉を金で買える物に限定するのなら、財力が許す限り、妥協せずに自分の拘りを大切にして選ぶべきです。


しかし、金は有限です。使う所と抑える所を明確に見極めるべきでしょう。つまり「自分が大切にしたいこと」にお金をかけ、妥協しても良いことにはお金をかけない。


私の場合で言うならば、私が大切にしているのは家族なので、家族の健康に直結する食事には比較的お金をかけています。例えば、有機野菜や無農薬のものを選ぶ等。


別のパターンでも考えてみましょう。


欲しいものが就職先や志望校という、金で解決するのではなく、能力によって手に入れるものだとしたら。


自分の能力で手に届く選択肢が幾つもあり、その中からどれかひとつを、よく考えることもなく適当に選んでしまうと後悔してしまう。例えば就職先や志望校を適当に選んでしまうと後々後悔するかもしれないということです。そういう後悔をしている学生や社会人に出会ったことがあります。


ここで忘れてはならないこと。それは、人間は常に理想を持つべきだ、ということです。その想いが人間を成長させるのです。


だから、今の自分の能力が限界だと諦めず、理想に向って努力をし、成長する。それによって手に届く選択肢が広がる。すると、以前では妥協するしかなかった選択肢も手に入れることができる。


一方で。


理想に向って努力もせず、自分を高めることもせず、今の自分に甘んじる。理想はあるけれど、それを手に入れる努力はしない。面倒臭いから。


だから妥協する。妥協して、簡単に手に入る方を、楽な方を選ぶ。


id:reikonさんは人間性の崩壊は持つものを妥協したときから始まる - tapestryという記事の中で、このことを危惧していらっしゃるのではないでしょうか。


人間は成長することを諦めると、人間性が崩壊すると思います。





次のケースを考えます。


自分の選択が、他人を巻き込む場合です。


例えば、持ち物に拘ったおじいさんの場合。おじいさんは妥協をせずに、自分の拘りを追い続け、ついに理想の環境を手にいれることができたとします。


しかし、一緒に暮らしていたおばあさんはどうでしょう。何かを妥協したかもしれません。おじいさんに合わせ、何か自分の拘りを妥協したのかもしれない。


結婚生活では夫婦で一緒になって何かを選択しなければいけない局面が多くあります。そんな時に自分の拘りの為に何にも妥協しないという態度をとってしまうと、相手に何らかの不満を与えてしまうことになると思うのです。


他人を巻き込む選択の場合は、その相手の拘りも聞き入れること。

妥協...
対立した事柄について、双方が譲り合って一致点を見いだし、おだやかに解決すること。
(デジタル大辞泉より)

つまり妥協が最も重要になるのではないでしょうか。




今記事の本題に戻ります。


「妥協を許すこと」と「持ち物に拘ること」は矛盾するのか?



その答えを私は以下に結論づけます。


何かを選択する時に、拘りを手に入れる為の努力を怠り、妥協することは、人間としての成長を妨げる。しかし、努力で解決できない問題の場合には、自分が大切にしたいものを見極めて選択をすることが重要で、その際何かを妥協せざるを得ない。また、他人を巻き込む選択の場合は、譲り合いの気持ちが大切で、その為に妥協する姿勢を持つことが重要である。


つまり、人間は、自分の拘りに基づいた理想を持ち、時に妥協しながら、その理想に向かって成長していくことが大切である。


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